「いつか自分の会社を持ちたい」
これは、私がずっと抱えていた願望でした。
ただ、世の中でよく見るような、
- 資金調達して
- 綿密な事業計画を作って
- 人脈も整えて
- 自信満々で独立する
そんな“理想的な起業”ではありません。
実際の私は、42歳。
お金も余裕もなく、むしろ借金を抱えながらのスタートでした。
この記事では、Mac一台で起業した話|42歳でデザイン会社を立ち上げた経緯として、かなり現実寄りの「起業の裏側」を書いていきます。
きれいな成功談ではありません。
むしろ、
- キャッシュが尽きる恐怖
- 支払いに追われる毎日
- 見切り発車
- 自転車操業
- 判断ミスによる赤字
そういう、“誰もあまり書かない部分”の話です。
でも今振り返ると、あの時に無理やりでも踏み出した経験が、その後の人生を大きく変えました。
無謀とも言える脱サラ起業
当時の私は、「準備万端の起業家」とは真逆でした。
よく聞かれるのが、
「起業資金っていくら必要なんですか?」
という質問です。
正直に言うと、私の場合は“ほぼゼロ”です。
家賃も半額にしてもらっていました。
つまり、最初から余裕なんてありません。
それでも会社を始めたのは、準備が整ったからではなく、
「このまま会社員を続けても、自分は変われない」
と思ったからです。
今思えば、かなり無謀でした。
でも、後から気づいたのは、起業する人の多くは「完璧な準備」ができているわけではない、ということです。
むしろ、
- 不安がある
- お金がない
- 先が見えない
その状態で、覚悟だけで進んでいる人の方が多い。
少なくとも、当時の私はそうでした。
“3時間しか働かない成功者”との出会い
事務所の2階に、Nさんという人がいました。
この人が、かなり不思議な人物でした。
昼12時に店を開けて、15時には閉店。
実働3時間。
「いや、いつ仕事してるんですか?」
とツッコミ満載の方でした。
でも、なぜか生活はかなり裕福そうだった。
毎日ファエアレディZに乗って、車検毎に新車にしてた。
だから、同じモデルに乗ることもあった。
ローンを組んでいる様子もなかった。
当時の私は、長時間働くことが正義だと思っていました。
寝る時間を削って働けば、その分だけ収入になる。
会社員的な感覚が、まだ完全に抜けていなかったんです。
でもNさんを見て、強烈な違和感を覚えました。
世の中分からない物で、このNさんが生涯を通した友人になります。
“労働時間=収入”ではない世界
ここで初めて、
「世の中には、常識通り働かなくても稼ぐ人がいる」
という現実を知りました。
これは後のビジネス選択に、かなり影響しています。
当時の私はまだ、
- デザイン制作を受ける
- 作業時間を切り売りする
- 納品して終わる
という、典型的な“労働集約型”の仕事しか考えられていませんでした。
でも実際に利益を残している人は、
- 仕組み
- 継続課金
- 紹介
- ストック型
を持っている。
この差は、後からじわじわ効いてきます。
起業の現実|「資金ゼロ」でもお金は消える
「資金ゼロで起業した」と言うと、
“完全ノーリスク”
みたいに聞こえるかもしれません。
でも現実は違います。
むしろ、起業した瞬間から、お金はどんどん消えていきました。
当時そろえた機材だけでも、
- Mac II:約80万円
- プリンタとMacⅡ一式:約130万円
- ソフト関連:約40万円以上
合計すると、170万円超え。
これはリース契約にしたので、一時的な出費ではなかったのでやりくりできました。
今ならノートPC一台で始められる時代ですが、当時のMacは機器が異常に高かったんです。
しかも、収入はまだゼロ。
ここが、起業の怖いところです。
「夢」は始まるのに、「売上」はすぐには始まらない。
このタイムラグが、かなり苦しい。
借金して起業した現実
結局、私は借金で回しました。
クレジットカードを12枚作り、
- 家賃
- 給料
- 生活費
- 支払い
全部をキャッシングでつなぐ状態。
今月の支払いを、来月の借入で埋める。
完全な自転車操業です。
当時は毎月、
「あと何日持つか」
を計算していました。
正直、精神的にはかなりきつかったです。
起業系の記事では、
「自由な働き方」
「夢を叶える」
「好きなことで生きる」
みたいな言葉が並びます。
もちろん、それ自体は間違っていません。
でも現実には、その前に、
“資金ショートとの戦い”
があります。
ここを語らない起業話は、かなり危険だと思っています。
社長として、一番きつかったこと
一番苦しかったのは、自分の生活ではありません。
「給料を払えない」
これが怖かった。
特に、一緒に働いていたM君は身内でもあったので、
「自分だけなら何とかなる。でも、この人の生活は守らないといけない」
というプレッシャーが常にありました。
だから、自分の生活費を削ってでも給料だけは優先していました。
社長になると、自由になるどころか、背負うものが増えます。
ここは、実際にやってみて初めてわかった部分でした。
起業しても、すぐには生活できない
よく、
「起業すれば自由になれる」
と言われます。
でも現実は逆でした。
- 収入ゼロ
- 支払いだけ増える
- 精神的プレッシャー
- 将来が読めない
むしろ会社員時代より不安定です。
ただ、それでも前に進めたのは、
「ここを超えれば形になる」
という感覚が、どこかにあったからです。
もちろん確証なんてありません。
でも、目標と目的だけは消えなかった。
今思うと、あの時必要だったのは「完璧な準備」よりも、“耐える力”だった気がします。
デザイン業だけでは食えなかった
現実問題として、デザイン制作だけでは厳しかった。
そこで方向転換します。
次に始めたのが、通信ビジネスでした。
- 新電電(NCC)の代理店契約
- テレアポ部隊の構築
- 営業〜工事までの一体化
新電電(NCC:New Common Carrier)は、1985年の通信自由化によって誕生した通信事業者の総称です。それまでNTT(旧電電公社)が独占していた通信市場に、民間企業が参入した歴史的な転換点となりました。
- 誕生の目的:競争による「通信料金の値下げ」と「多様なサービスの提供」
- 代表的企業:京セラ系の第二電電(DDI)、日本高速通信、日本通信サービスなど(現在のKDDIやソフトバンクの源流)
- 生活への影響:市外・国際電話の格安化や、携帯電話の急速な普及のきっかけとなりました。
私たちが現在、安価で高速なネットやスマホを利用できるのは、このNCCによる競争があったからこそと言えます。
今で言う「LTV(継続利益)」を意識したモデルです。
ここで初めて、
単発収益
- 回線契約インセンティブ
- 工事費
- OA機器販売
ストック収益
- 市外通話インセンティブ
この両方を持てるようになりました。
すると、ようやくキャッシュフローが安定し始めます。
ここで学んだのは、
「技術だけでは会社は続かない」
ということでした。
利益構造を持たないと、どれだけ頑張っても苦しくなる。
これは今でも変わらないと思っています。
調子に乗って、大失敗した話
少し資金に余裕が出始めた頃。
私は次の一手として、通販事業に手を出しました。
結果から言うと——大失敗です。
約250万円の赤字。
原因はいくつもあります。
- 企画が甘かった
- 制作の詰めが甘かった
- 「売れる設計」が弱かった
- 市場がまだ早すぎた
特に最後は大きかった。
今では当たり前のネット通販をフリーペーパーにカタログを織り込んで販売しようという、当時はまだ文化自体が弱かった時代に仕掛けたのです。
楽天市場がスタートしたのが1997年。
つまり、「これから10年後に伸びる市場」に、早すぎるタイミングで突っ込んでしまった。
今ならEC市場は巨大ですが、当時はまだ“未来の話”に近かったんです。
この失敗で強烈に学びました。
「いい商品」と「売れる仕組み」は別
当時の私は、
「いいものを作れば売れる」
と思っていました。
でも現実は違いました。
売れるには、
- タイミング
- 市場
- 導線
- 集客
- 需要
- 見せ方
全部が必要です。
設計なしの投資は、ただのギャンブル。
これはかなり痛い授業料でした。
最後に|“資金ゼロ起業”は綺麗じゃない
今、「起業したい」と考えている人は多いと思います。
でも実際の起業は、SNSで見るようなキラキラしたものではありません。
特に、42歳・借金あり・資金なしから始める場合はなおさらです。
ただ逆に言えば、
完璧じゃなくても始められる。
これは本当です。
むしろ、
- 不器用でも
- 遠回りしても
- 失敗しても
そこからしか見えない景色もあります。
もし今、
「もう年齢的に遅いかもしれない」
「お金がないから無理だ」
と思っているなら、昔の私もまったく同じでした。
それでも、人生は意外と途中から変わります。


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