営業ゼロから立ち上げた、技術会社での挑戦
この会社に入る前、私はある広告会社でフルコミッションの広告営業をしていました。
ある日、隣の会社の社長から「少し話がしたい」と声をかけられました。
その会社は、富士通の電話交換機の保守サービスを行う、技術者だけの集団でした。
しかし社長には、「営業部門を立ち上げて事業を拡大したい」という強い想いがあったのです。
そこで白羽の矢が立ったのが、フルコミ営業をしていた私でした。
「営業部門をゼロから立ち上げてほしい」——いわゆるヘッドハンティングです。
私は条件として「月給30万円保証」を提示。
フルコミで稼げる額だったため、ダメでも問題ないというスタンスでした。
社長は即決で了承。こうして私は転職を決めました。
給料の認識違いという失敗
ただ一つ、大きなミスがありました。
私は「30万円=手取り」と思っていたのに対し、会社側は「総支給」と認識していたのです。
結果、手取りは約25万円。
社長に相談すると、理解ある対応で+2万円の調整。
最終的に手取り27万円となりました。
👉 この経験から学んだこと
お金の話は必ず“手取り・総額”まで明確にするべきです。
机はまさかの「材料置き場」
入社して驚いたのは環境でした。
私の席は、なんと工具や電線が積まれた材料置き場の片隅。
完全に孤立した状態でのスタートでした。
社員構成は以下の通り:
- 技術者8名(全員ベテラン)
- 事務1名
- 経理1名
- 社長
- 私(営業)
つまり、営業は完全にゼロからの立ち上げ。
何を売るか、どう売るか——すべて自分次第でした。
商材探しからスタート
まず考えたのは「売るものは何か?」でした。
調べた結果、富士通の製品に着目。
- FAX
- ワープロ(OASYS)
- 電子ボタン電話
当時のFAXは非常に高価で、30万〜50万円。
GⅢ機では130万円という価格帯でした。
不動産業界に勝機を見出す
最初に狙った市場は「不動産業界」です。
理由はシンプル:
- 物件情報の共有が必要
- 図面(間取り)を送る必要がある
つまり、FAXのニーズが高かったのです。
結果は的中。
GⅢ機は次々と売れていきました。
営業の壁と孤独
しかし現実は甘くありません。
- 社内に営業経験者がいない
- リースの知識もゼロ
- 技術者からの冷たい視線
毎朝挨拶しても、どこか居場所がない。
私は喫茶店で戦略を練る日々を送るようになりました。
転機:テレアポという発想
ある日、ひらめきます。
「飛び込みより電話の方が効率的では?」
さらに、
「人数を増やせばもっと効率が上がる」
そこで社長に提案。
👉 テレアポ部隊の導入
- パート5名採用
- 時給1,000円(当時としては高額)
- 成約時は売上の1%をボーナス
結果、大成功。
FAX・電話機が爆発的に売れ始めました。
ビジネスモデルの進化
さらに私は次の段階へ進みます。
「積み上がる収益モデルを作れないか?」
そこで考えたのが、電話機のレンタル事業。
1985年、電電公社の民営化により電話機の自由化が進み、レンタル中心から購入へと変化しました。
この流れを逆手に取り、
👉 自社で電話機レンタル+保守を提供
というモデルを構築。
- 月額課金
- 保守込み
- 長期契約(3年・5年)
結果、毎月100万円以上のストック収益を実現しました。
Macとの出会いが人生を変えた
営業の中で出会ったのが「Macintosh」。
当時、日本ではまだ珍しい存在でした。
私は約68万円をかけて購入。
- 9インチ画面
- HDD 20MB
- マニュアルは英語
完全独学で習得しました。
この経験が後に、
デザイン会社を起業するきっかけになります。
まとめ:ゼロからでも道は作れる
この会社での経験は、
- 営業ゼロからの立ち上げ
- ビジネスモデルの構築
- ストック収益の確立
など、すべてが実践でした。
そして何より、
👉 「環境がなくても、自分で作れる」
という確信を得ました。


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