はじめに

こんにちは。
77歳、一人暮らしのアッケです。
年金生活を考える時、多くの人が気にするものがあります。
それは、
「住む場所」
です。
食費は工夫できます。
光熱費も節約できます。
しかし、住居費は毎月必ず出ていく大きな固定費です。
同じ年金額でも、
持ち家なのか。
賃貸なのか。
公営住宅なのか。
それによって生活の余裕は大きく変わります。
私は現在、市営住宅で暮らしています。
家賃は、
月21,400円です。
数字だけを見ると、
「安くていいですね」
と言われるかもしれません。
しかし、この場所には私の人生15年以上の時間と、両親との思い出があります。
私が市営住宅に住むことになった理由
もともと、この市営住宅には両親が住んでいました。
母は認知症を患っていました。
父は脳梗塞を2回経験し、右半身が不自由になっていました。
そんな状態で、父は母の介護を続けていました。
いわゆる老老介護です。
しかし、父自身の体調も次第に厳しくなっていきました。
ある日、父から言われました。
「俺はもう介護ホームに入るから、母さんの面倒を見てほしい」
その言葉を聞いた時、正直迷いはありました。
その時、私自身も若くはありませんでした。
これから先、自分一人の生活はどうなるのか。
介護を続けられるのか。
不安がなかったと言えば嘘になります。
しかし、父がどんな気持ちでその言葉を口にしたのかを考えると、断ることはできませんでした。
自分の生活もあります。
一人で自由に暮らしていた時間もありました。
しかし、
断るという選択肢はありませんでした。
母との同居で生活は大きく変わった
そこから私の生活は大きく変わりました。
それまで自分だけの生活でした。
食事も自分の好きな時。
買い物も自分の都合。
生活リズムも自由でした。
しかし母との生活では、
朝昼晩の食事。
日々の買い物。
身の回りの世話。
やることは増えました。
大変だったこともあります。
でも、今振り返ると、
楽しい時間でもありました。
母との生活で気付いたことがあります。
介護という言葉だけを見ると、大変なことばかりに感じます。
しかし実際には、一緒に食事をしたり、昔話を聞いたり、小さな笑いがあったり。
そこには普通の親子の時間もありました。
認知症の母との何気ない毎日
母は認知症でした。
しかし、すべてを忘れてしまったわけではありませんでした。
現在のことは忘れてしまう。
朝ご飯を食べたこと、昼ごはんを食べたこと、昨日のこと認知症を発症した後のこと、スッポリ抜けています。
でも昔のことはよく覚えていました。
しかし、顔やスタイルも変わった我が子のことは、分かるのですね~母母と一緒に住むようになったのは、認知症が発症した後なのに・・・です。
だから私と母の会話は、昔話が中心でした。
昔の家族の話。
若い頃の話。
昔住んでいた場所の話。
同じ話を何度も聞くこともありました。
でも、それでも良かったのです。
会話ができる。
一緒に時間を過ごせる。
それだけで十分でした。
母の髪を切った思い出
ある時、母の髪が伸びてきました。
しかし母自身は、あまり気にしていません。
そこで私は、子供用の散髪セットを購入しました。
身体を覆うビニールをかけて、
母の髪を切りました。
人生で、母親の髪を切る日が来るとは思ってもいませんでした。
でも今思えば、
あれも親孝行の一つだったのかもしれません。
認知症の母が教えてくれたこと
ある時、私は母にこんなことを言いました。
「果報は寝て待て、だからね」
すると母が言いました。
「違うよ」
「果報は練って待て、だよ!」
私は驚きました。
認知症になった母が、そんなことを言うのか。
母は昔の知識や経験を、しっかり覚えていたのです。
その時、
やっぱり母は偉大だな。
そう感じました。
35年間暮らした場所
私が、ここに住んで、もう15年以上になります。
しかし、両親が住んでいた期間を合わせると、
約35年。
この場所には、家族の時間が詰まっています。
壁紙は汚れています。
内装も古くなっています。
築50年以上。
人に見せたいような綺麗な住まいではありません。
でも、
ここには思い出があります。
引っ越したい気持ちもある
正直に言えば、
もっと便利な場所に住みたい。
買い物が近い場所なら楽なのに。
そう思うこともあります。
しかし、それを実現するには、
まず収入を増やさなければいけません。
年金だけでは簡単ではありません。
だから私は今、
ブログを書いています。
noteにも挑戦しています。
AIも学んでいます。
住まいとは、ただの場所ではない
若い頃なら、
便利な場所。
新しい部屋。
広い家。
そんな条件を重視していたかもしれません。
しかし歳を重ねると、少し考え方が変わりました。
住まいとは、
単なる建物ではありません。
そこに過ごした時間。
そこで作った思い出。
それも含めて、自分の居場所なのだと思います。
おわりに
市営住宅。
築50年以上。
決して新しい住まいではありません。
でも私にとっては、
両親との時間が残る大切な場所です。
父が母を思いやった場所。
私が母と暮らした場所。
そして現在、77歳の私が暮らしている場所。
人生後半になって思うことがあります。
幸せとは、必ずしも新しいものや便利なものだけではない。
今ある場所で、どう生きるか。
それも大切なのだと思います。


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