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「お金はあったほうがいい——NCC営業・ダイヤルQ2・そして規制で消えた話」

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お金と副業の関係を知りたい方、起業して収益を安定させたい方に向けて書く。

「お金はあったほうがいい」——誰でもそうだ!と思う。

これは77年生きてきた私の絶対的な結論だ。
きれいごとを言うつもりはない。お金がなければ夢は実現できないし、人を雇うこともできない。

お金がなくて不幸になる人の方が多い。お金がないのは苦労を背負うようなものだ。

しかしお金を追いかけた先には必ずリスクが待っていた。
NCC営業で会社を軌道に乗せ、ダイヤルQ2で一気に稼ぎ、NTTの規制で撤退する——そんな繰り返しが私の人生だった。

今回はその全記録を公開する。


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理想の営業スタイルを実現するために起業した

パートアポインターと営業マンの分業体制

OA機器とNCC(新電電)の営業で独立した頃、私には理想の営業スタイルがあった。パートのアポインターが決定権者にアポを取り、営業マンが訪問する——この仕組みを回すには最低3人のパートさんが必要だった。

資金はクレジットカードを回して準備した。

前職からついてきてくれたパートさん

アポインターの一人は前の会社でアポ取りをしていた方だった。起業して声をかけると気持ちよく快諾してくれた。残りの2人はフリーペーパー「ぱど」で募集した。

ターゲットリストは電話帳だった。今はなくなってしまったが、当時の電話帳は貴重な情報源だった。ターゲットは中小企業が中心だ。大企業はすでに新電電系列の代理店と繋がっており、私たちが入り込む余地がなかった。新電電各社は市外通話の多い大企業を優先して営業をかけていたが、私たちは市外通話の多い少ないに関係なく中小企業を狙い撃ちにした。

日本テレコム・DDI・日本高速通信3社と契約

採用したパートさんには運用スクリプトを渡し、動かしてみると順調に回り始めた。むしろ運が良かったくらいだ。

日本テレコム・DDI・日本高速通信の3社と契約し、回線取得・各社のアダプター工事受託・電話機移転工事・OA機器販売まで手がけるようになった。間借りしていた事務所を移転するほどに会社として成長していった。


電話工事という強みで東京エレクトロンと大手病院を顧客にした

ライバルが増える中で差別化できた理由

しかしやがてライバルが増えてきた。主だった中小企業はすでに加入済みになり、残った見込み客はライバルとの競争になっていった。

そんな中で私たちの強みが光った。電話工事ができ、電話関係に詳しいという専門性だ。単なる回線営業ではなく、工事からアフターサービスまで一手に引き受けられる——これが大きな差別化になった。

しかし、電話工事をやっている会社がNCCを始める・・・という逆のパターンも出てきた。

東京エレクトロン相模原工場と大手総合病院

その強みが実を結んだ。現在では上場企業である東京エレクトロンの相模原工場が顧客になった。また大手の総合病院も顧客にした。

ある休日、その病院から「電話が通じなくなった」と連絡が入った。本来なら電話を販売した会社に連絡するところだが、弊社に助けを求めてきたのだ。休日に訪問して開通させた。こういった嬉しい誤算が信頼につながっていった。

すべての工事を支えてくれたM君

その工事を一手に引き受けてくれていたのがM君だった。妹の夫だ。起業からずっと支えてくれた。

しかしそのM君が喉頭がんで逝ってから、もう12年が経つ。東京エレクトロンの工事も、病院の緊急対応も、すべてM君がいたから成り立っていた。今でも感謝してもしきれない存在だ。


ダイヤルQ2——1分100円が途切れなかった1年間

NTT担当者が持ってきた「面白い話」

事務所移転を計画していたある日、NTT担当者が訪ねてきた。

「米国の900番サービスと同様のサービスを東京で始めたが、いまひとつ軌道に乗っていなかった。横浜に番号の予約制で展開するらしい・・・」という話だった。

すぐにピンときた。
これはチャンスだと。担当者に粘り強く交渉し、5番号の取得に成功した。

するとどこから聞きつけたのか、音声応答装置を製作している会社の経営者が現れた。「1番号を分けてほしい、その代わり音声応答装置を1台差し上げる」という提案だった。番号と機器の交換だ。迷わず応じた。

アダルト音声で開始——最初からそうなると読んでいた

移転した事務所に音声応答装置を設置した。交換で手に入れた1台に加えさらに3台を購入した。音声応答装置1台約80万円、制御PC約30万円——相当な投資だった。

流す音源はアダルト音声にした。不謹慎かもしれないが、日本でこのサービスが始まるなら最初はアダルトで開始するだろうと最初から読んでいた。

迷いも不安もなかった。ただ「人のためになるサービスがあるはずだ」という気持ちはあった。しかし当時は思いつかなかった。

4回線の受信ランプが途切れない日々

これが見事に当たった。

仕組みはこうだ。電話がかかってくると案内メッセージが流れ、ダイヤルまたはプッシュ番号で指示を受け、その番号に応じた音声を再生する。

1分100円の課金が途切れることなく入ってくる。4回線収容の機器の受信ランプが常に点灯している。

後ろめたさはあった。しかしビジネスとしては完全に当たっていた。その状態が約1年間続いた。

悩み相談・占いへの転換——アダルトには敵わなかった

人のためになるサービスをと思い、悩み相談や占いのサービスも開始した。

しかしアダルトほど売上には繋がらなかった。
当時の横浜でも後から参入するサービスの多くはアダルトだった。

マーケットの現実はそういうものだった。


NTTの規制強化——いたちごっこの末に撤退

じわじわと締め付けられていった規制

1992年、NTTが規制強化を始めた。そうなるだろうという予感はあった。突然ではなくじわじわと段階的に締め付けられていった。

最初は番号取得申請時にアダルト禁止となった。次に内容確認が始まった。しかし数ある番号を人手で聴査するのには限界がある。知られたら隠す——そういういたちごっこが始まった。

隠しコマンドでアダルトに飛ぶ仕組み

音声再生中に特定のダイヤルを押すとアダルトコンテンツに飛ぶ隠しコマンドのような仕組みを使う業者も現れた。秘密の番号で運営するやり方だ。規制する側と逃げる側のいたちごっこは続いたが、NTTの締め付けは年々厳しくなっていった。

諦めが早い——それが私の流儀

規制に引っかからないコンテンツへの転換を試みた。悩み相談・占いで何とか続けようとしたが、アダルトほどの売上は出なかった。1992年中頃、ダイヤルQ2から完全に撤退した。

よく「諦めが早すぎる」と言われる。
未練を残してタラタラ続けるのが好きではない。

潮時と判断したら動く——それが私の流儀だ。撤退の判断に後悔はなかった。


お金はあったほうがいい——77年生きた結論

プラットフォーム依存ビジネスの脆さ

後から振り返ると、ダイヤルQ2のアカBANとAmazonのアカBANは構造がまったく同じだった。

プラットフォームのルールが変わった瞬間に、積み上げてきた収益が消える。
自分でコントロールできないところに依存したビジネスは、いつかこうなる危険性をはらんでいる。

NCC営業が長続きしたのは、電話工事という自分たちの専門技術があったからだ。
プラットフォームに依存せず、自分たちの強みで差別化できていた。

お金がないのは苦労を背負うようなもの

お金はあったほうがいい——これは絶対だ。
お金があれば人を雇える。理想の営業スタイルを実現できる。新しいビジネスに挑戦できる。

逆にお金がなくて不幸になる人は多い。お金がないのは苦労を背負うようなものだ。
世の中の多くのことはお金で解決できる。これは77年生きてきた正直な実感だ。

しかし稼ぎ方には賞味期限がある

ただしお金を稼ぐ方法には賞味期限がある。

ダイヤルQ2は規制で消えた。Amazonのアカウントは突然BANされた。どんなに稼げる方法でも、それが続く保証はどこにもない。

稼ぎ方には必ずリスクがある。そのリスクと正直に向き合いながら、それでも前に進むしかない。NCC営業からダイヤルQ2撤退まで駆け抜けた時代が教えてくれたのは、そういうことだ。


締めくくり

お金はあったほうがいい——絶対にそうだ。

しかし稼ぎ方を一つに依存しないこと。プラットフォームのルールはいつ変わるかわからない。
自分だけの強みを持つこと——電話工事という専門技術が東京エレクトロンや大手病院との信頼を生んだように。

そして潮時と判断したら迷わず動くこと。未練を残してタラタラ続けるより、次の一手を考える方が建設的だ・・・と私は思っている

77年間、それを繰り返してきた。

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