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NEC全盛時代に異彩を放っていた9インチの画面
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当時の日本はNECのPC-9801が主流だった。ほとんどのコンピュータはキーボードだけで操作するものだった。
それなのにこの機械にはマウスがある。画面上でアイコンをクリックして操作する——まるで別の世界から来たような佇まいだった。
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すぐに調べ始めた。当時Macを販売しているところは少なかった。
日本語表示するにはキヤノンが独自にパッチ(漢字Talk)を当てて日本語化したものを売っていたが、それでもバグが出て文字が化けることがあった。フロッピーベースの時代だ。
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手に入れたMacのマニュアルはソフトも含めてすべて英語だった。MacPaintというお絵かきソフトで遊びながら単語帳を片手にところどころ解読した。マウスの練習もMacPaintでやった。ワンボタンのマウスを動かし、画面上に絵を描く——1日もかからずマスターできた。
それだけMacのUIが直感的だったということだ。他のソフトは難解だったが、直感的な操作感のおかげで何とか使いこなすことができた。
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1991年、42歳で印刷デザイン会社を起業
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MacⅡが登場し、AdobeのDTPツールが使えるようになった頃、印刷デザインで起業することを決めた。
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Macにはスーパーペイントというドローとペイントを切り替えて使えるソフトもあった。事務用で使うものなら名刺・チラシ・パンフレット・ポスター・冊子——ほとんど何でも作った。
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印刷会社や出版社にも営業をかけた。出版会社の社員にDTPソフトの使い方を教え、その代わりに編集校正をDTPでやるという取引もした。
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3日間徹夜——納品後に倒れた夜
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事務所に戻ったとき、もう体が動かなかった。そのまま倒れて丸1日眠り続けた。それだけ必死だったし、仕事に魂を込めていた。翌日、事務所に出てこないからと事務員さんが作業部屋に探しに来て倒れている(眠っている)私を見つけNさんを呼んだ。
どうやって、そこで眠ったのか覚えていない、あんなことは一生に一度。
何回もやったら、死ぬかも知れない。
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収支が合わなかった現実——個人起業の壁
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しかし現実は甘くなかった。
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収支が合わなかった理由は二つだ。仕事の単価が安かったこと。そして発注量そのものが少なかったこと。この二重苦は個人で起業した者が最初にぶつかる典型的な壁だった。
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そんな苦しい時期、Nさんという人物が支えてくれた。
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生活費がない月、Nさんは近くの定食屋で食事を奢ってくれた。それが何日も続いた月もあった。良き相談相手でもあった。
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個人起業が失敗する3つの典型的な原因
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1つ目:単価設定が低すぎること 技術や時間に見合った単価を設定しないと、どれだけ働いても収支が合わない。3日間徹夜して納品する仕事の単価が低ければ、体だけが消耗する。
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3つ目:機材・ソフトへの過大投資 ソフトと印刷機だけで400万円以上を投資したが、それに見合う売上が追いつかなかった。最初は最低限の投資で始め、売上が増えてから設備を拡充すべきだった。
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デザインという仕事の本質——お金に代えがたい喜び
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収支が合わなかった。生活費がない月もあった。3日間徹夜して倒れたこともあった。それでもデザインの仕事を続けたのには理由がある。
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Photoshop1.0を発売直後に購入し、誰も使っていないソフトを独学でマスターし、本の裏に自分の会社名が載った瞬間——あの喜びは今でも鮮明に覚えている。
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印刷デザインだけで食べていくことの限界を感じながらも、MacⅡは手元にあった。経理関連の仕事をこなしながら、前職でもあるOA機器とNCC分野に力を配分していった。
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決して甘くはないけれど
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この道は決して甘くない。単価は安く、発注は不安定で、徹夜が続くこともある。生活費が出ない月もある。それでも続けられるのは、完成したときの喜びがあるからだ。
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時代はツールを変えても本質は変わらない
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ツールは変わる。時代は変わる。しかしクリエイターの本質——自分の頭の中にあるイメージを形にする喜び——は永遠に変わらない。ただ心配なのはAIだ!デザインもAIが取って代わるかも知れない。
しかし、AIに感性はないだろう・・・と思いたい。
しかし、AIに感性はないだろう・・・と思いたい。
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あの設計士の事務所で青白い光を放っていた9インチの画面が、42歳の自分の人生を動かした。収支は合わなかった。生活費がない月もあった。それでも後悔していない。
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新しい技術に心が動いたとき、その直感を信じていい。
77歳の叩き上げからの、ささやかなメッセージだ。
77歳の叩き上げからの、ささやかなメッセージだ。

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