働き方改革・リモートワーク・ハラスメント規制
令和の職場は昭和とは別世界だ。
しかし本当に変わったのか。変わっていないものは何か。
15歳から働き始め17社を渡り歩いた77歳として、両方の時代を現場で体験してきた。
昭和の職場が今の若い人には信じられない世界だったように、令和の職場も昭和を生きた人間には驚きの連続だ。
どちらが良い悪いではない。
変わったことと変わっていないことを正直に書く。
昭和の職場——今では考えられない当たり前
給料袋に現金が入っていた時代
昭和の給料日は今と全く違った。
銀行振込などない。
給料袋に現金が入って手渡しされる。
封筒を受け取るとき、その重さと厚みで今月の給料がわかった。
ボーナスの時期は特別だった。いつもより分厚い封筒を手にしたときの感触は今でも忘れられない。
現金だからこその実感だ。銀行口座の数字が増えるのとは全く違う喜びがあった。
もちろん間違いもあった。年に1回くらいは千円多かったり少なかったりすることがあった。
10円多い、1円少ないというケースもあった。人間が数えるのだから仕方ない。しかしそれも含めて給料日の風景だった。
今の若い世代に給料袋の話をすると、まず「現金で渡されるんですか?」と驚かれる。
給料とは銀行振込で通知が来るものだという感覚しかない世代には、想像もできない話だろう。
パワハラ・セクハラという言葉がなかった時代
昭和の職場にはパワハラもセクハラもなかった
——正確には、そういう言葉がなかった。
仕事でしくじったとき「バカ野郎」と怒鳴られるのは当たり前だった。
「やめちまえ」という言葉も飛び交った。
私自身、部下にそういう言葉を使ったこともあったと思う。
それが指導だと信じていた時代だ。
今なら即パワハラだ。録音されてSNSに上げられるかもしれない。しかし当時はそれが普通だった。
怒鳴られた側も「自分が悪かった」と思って次に活かす
——そういう文化があった。
良かったとは言わない。しかしそういう環境で鍛えられた部分もある。理不尽な叱責に耐える精神力と、次こそはという反骨心が育った面もあった。
残業代を請求できない雰囲気
昭和の職場では残業は当たり前だった。特に営業職では残業代を請求すること自体が憚られる雰囲気があった。
何時間残業したかを正直に申告したら、膨大な額になる。そんなことをしたら上司の顔が潰れる
——そういう空気があった。だから誰も残業代を請求しなかった。
サービス残業という言葉すらなかった。残業は仕事への姿勢を示すものだという意識があった。
今から考えれば明らかにおかしい。しかし当時はそれが普通だったし、誰も疑問を持たなかった。
令和の職場——羨ましいことと心配なこと
時間が来たら誰にも気を使わずに帰れる
令和の働き方で正直羨ましいと思うことがある。
定時になったら誰にも気を使わずに席を立てる、帰宅の準備ができる、上司の顔色を伺う必要がない、残業を断っても評価が下がらない。
昭和では定時に帰ろうとすると「やる気がない」と思われた、上司より先に帰ることは許されない雰囲気があった。仕事が終わっていても席に座り続けることが美徳とされていた。
その点では令和の働き方は明らかに進歩だ、プライベートの時間を大切にする、仕事とプライベートを切り分ける、これは健全だと思う。
ハラスメント規制で守られる職場
パワハラ・セクハラという概念が生まれ、法律で規制されるようになった。
理不尽な叱責がなくなり、嫌がらせが許されなくなった。弱い立場の人間が守られるようになった。
これは間違いなく良い変化だ。
昭和の職場で理不尽な目に遭い、声を上げられずに苦しんだ人がどれだけいたか。
そういう人たちが守られるようになったことは、社会の進歩だと思う。
しかし人情が希薄になっていないか
一方で心配なこともある。
気を使わずに帰れることは良い、しかしその裏で人情が希薄になっていないだろうか。
誰かに忖度する気持ち、相手の立場を慮る感覚
——そういうものが育ちにくくなっていないだろうか。
昭和の職場では上司の顔色を見て動くことが求められた。それは時に理不尽だったが、同時に相手の気持ちを読む力を育てた。人間関係の機微を学ぶ場でもあった。
令和の職場は個人の権利が守られている。
しかし権利ばかりを主張して義務や思いやりを忘れると、職場が殺伐としていく。
そういう職場で育った若い人が、将来チームを率いるリーダーになったとき、人の心を動かせるだろうかと心配になることがある。
変わっても変わらないもの——仕事の本質
成果を求められることは昭和も令和も同じ
時代がどれだけ変わっても、変わらないことがある。
仕事で成果を求められることだ。昭和も令和も、結果を出せない人間は評価されない。
働き方改革で残業が減っても、成果を出さなければ意味がない。むしろ短い時間で成果を出すことが求められる分、令和の方がシビアな面もある。
17社を渡り歩いてわかったことがある。
どの時代も、どの会社も、最後は成果だ。人柄が良くても結果が出なければ続かない。逆に成果を出し続ける人間は、どの時代でも必要とされる。
挨拶だけは変わらない
もう一つ変わらないものがある。挨拶だ。
「おはようございます」「お疲れ様です」
——この言葉は昭和も令和も変わらない。
リモートワークになっても、チャットで挨拶を送る文化がある。対面でもオンラインでも、挨拶は人間関係の基本だ。
15歳で最初に就職したヤクルトの営業から77歳の今まで、挨拶だけは変わらず大切にしてきた。
倉庫の机に座っていた頃、技術者たちに挨拶を返してもらえなかった時期もあった。
それでも挨拶し続けた。挨拶は相手への敬意の表れだ。それは昭和も令和も変わらない。
ボーナスの楽しみは残してほしい
最近ではボーナスをなくす企業も出てきたと聞く。月給に均等に組み込む形にするという考え方だ。
しかし私はボーナスは残してほしいと思っている。
昭和の給料袋の時代、ボーナスの封筒の厚みは特別な喜びだった。
年に2回、頑張った自分へのご褒美として受け取る感覚があった。それがモチベーションになっていた。
毎月均等に受け取るより、年に2回まとめて受け取る方が楽しみがある。人間はメリハリで動く生き物だ。楽しみがあるから頑張れる。その感覚は昭和も令和も変わらないはずだ。
77歳が令和の若い世代に伝えたいこと
権利を主張する前に成果を出す
令和の若い世代は権利について敏感だ。残業代・有給休暇・ハラスメント——それらを主張する権利はある。しかし権利を主張する前に成果を出すことを忘れてほしくない。
昭和の理不尽な働き方を肯定するつもりはない。しかし理不尽な環境の中で歯を食いしばって成果を出した経験が、その後の人生の土台になったことも事実だ。
人情と忖度を大切にしてほしい
気を使わずに帰れる令和の職場は快適だ。しかし人情と忖度を忘れないでほしい。
相手の立場を慮ること。空気を読むこと。チームのために自分を少し犠牲にすること——これは時代遅れの美徳ではない。人間が集団で働く以上、永遠に必要なスキルだ。
17社を渡り歩いた経験から言えば、長続きする職場には必ず人情があった。成果だけを追う職場は、一時的には結果が出ても長続きしない。人と人の関係が仕事を支えている。
締めくくり
昭和の職場は理不尽だった部分もある。令和の職場は快適になった部分もある。しかし変わらないものがある。
成果を求められること。挨拶の大切さ。楽しみがあるから頑張れること。人情が仕事を支えること。
15歳から77歳まで62年間働いてきた。時代は変わった。しかし仕事の本質は変わっていない。令和を生きる若い世代に、昭和を生き抜いた77歳からのささやかなメッセージだ。


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