77歳になっても新しい感動に出会えるとは思いませんでした
77歳になれば、新しいことに感動する機会は少なくなる。
そんなふうに思っていました。
若い頃のように物覚えは早くありません。
昨日覚えたことを忘れてしまうこともあります。
だから、これから先は穏やかな毎日を過ごしていくのだろうと思っていました。
ところが、ある日テレビで見た「ChatGPT」が、その考えを変えてしまったのです。
私はMacintosh SEの時代からパソコンに親しんできました。
PhotoshopやIllustratorも、まだバージョン1.0の頃から使ってきました。
- フロッピーディスク。
- ダイヤルアップ接続。
- iモード。
- スマートフォン。
いろいろな時代の変化を見てきました。
そのたびに、
「便利な時代になったな」
と思ってきました。
しかし、AIとの出会いは、それまでの進歩とは少し違いました。
便利になったというだけではありません。
「この先、世の中はどう変わっていくのだろう」
そんなことを考えるようになったのです。
77歳の私が、30年先、40年先を見ることはできないかもしれません。
それでも、
「もし見られるものなら見てみたい」
そう思うほど、AIの進化には不思議な魅力を感じています。
Macintoshの時代からパソコンと歩んできました
世間では、
「高齢者はパソコンやスマホが苦手」
と思われがちです。
しかし、私は少し違います。
最初に触ったパソコンはMacintosh SE HD20MBでした。
今では考えられないほど小さな容量ですが、当時の私にとっては大きな驚きでした。
仕事でもパソコンは欠かせない道具でした。
当時はMacⅡfxを使い、画面に向かって仕事をしていました。

AdobeのPhotoshopやIllustratorも、初期の頃から使ってきました。
インターネットが普及し始めた頃も興味を持ち、自分なりに触れてきました。
iPhoneも4から使い始め、今ではMacやWindowsのパソコン、スマートフォンを使っています。
ですから、パソコンやスマホが苦手というより、むしろ長い付き合いです。
フロッピーディスクからスマートフォンまで見てきた時代の変化
フロッピーディスクの時代。
インターネットはダイヤルアップ接続。
その後、インターネットが広がり、NTTのiモードが登場し、やがてスマートフォンの時代になりました。
いろいろな変化を見てきました。
そのたびに、
「世の中は便利になっていくものだ」
と思っていました。
しかし、ChatGPTをはじめとするAIの登場は、単なる便利さだけではありませんでした。
まるで、時代そのものが大きく変わっていく入り口に立っているような感覚があったのです。
テレビで見たChatGPTに興味を持ちました
ChatGPTがテレビで話題になり始めた頃、私は、
「今度は何が始まったんだろう」
そんな気持ちで見ていました。
正直に言えば、最初は、
「どうせプログラムだろう」
と思っていました。
パソコンもソフトも、昔と比べれば恐ろしいほど進歩しました。
初代のMacから現在のMacBookまで、とてつもない進化です。
それでも結局は、こちらが命令を出し、その結果を受け取る道具だと思っていました。
AIも、その延長線上にあるものだと思っていたのです。
最初に驚いたのは自然な会話でした
最初にChatGPTへ何を聞いたのかは、はっきり覚えていません。
人間の「生死」についてだったように思います。
すると、返ってきた文章がとても自然でした。
ただ答えを返すだけではありません。
「こうした考え方もあります」
「こんな見方もできます」
そんなふうに、まるで会話をしているような感覚がありました。
それまで使ってきたソフトとは、まるで違いました。
命令を入力して結果を受け取るだけではなく、こちらの考えを受け止めながら、一緒に考えてくれる。
そんな不思議な感覚がありました。
「これは面白い」
そう思ったのを覚えています。
ChatGPTのおかげでブログを書くことが楽しくなりました
私は以前からブログを書いてきました。
でも、一人で考えていると、何を書けばいいのか分からなくなることがあります。
途中で手が止まってしまうこともあります。
そんな時、ChatGPTに相談すると、一緒に考えてくれます。
アイデアを出してくれる。
文章を整理してくれる。
言葉につまった時にも、別の表現を提案してくれる。
それだけで、ブログを書くことが少し楽になりました。
そして何より、書くことが楽しくなりました。
AIで収益化できるのか考えた時期もありました
最初は、
「これなら記事を書くのが楽になる」
と思いました。
そして、
「もしかしたらブログの収益にもつながるかもしれない」
そんなことも考えました。
世の中には、AIを上手に使いこなし、大きな成果を出している人たちがたくさんいます。
Facebookを見ていると、AI講座、ブログ講座、無料セミナー、個別相談などの広告が次々に出てきます。
すると、
「まだ知らない使い方があるのかな」
「もっと勉強した方がいいのかな」
そんな気持ちにもなりました。
AI講座が増える中で感じたこと
最近では、AIの使い方を教える講座も増えています。
もちろん、それ自体を否定するつもりはありません。
実際に講座へ入り、成果を上げる人もいるでしょう。
ただ、中には高額な授業料が必要なものもあります。
数十万円、場合によっては百万円以上の講座もあります。
広告では興味を引き、メールアドレスやLINE登録へ誘導し、最終的に講座へ案内する流れも少なくありません。
私はそれを見ながら、少し考えるようになりました。
AIを使うために、本当に高額な講座が必要なのだろうか。
難しいプロンプトを覚えなければ、AIは使えないのだろうか。
私にとっての答えは、少し違いました。
AIは先生ではなく相棒でした
私はAIの専門家になりたいわけではありません。
難しいプロンプトを覚えたいわけでもありません。
収益が上がれば、もちろん嬉しいです。
でも、それ以上に大きかったのは、一人で考え込む時間が減ったことでした。
分からないことを聞ける。
考えを整理できる。
文章を書く時に相談できる。
それだけで、日々の時間が少し明るくなりました。
私にとってAIは、先生というよりも相棒です。
そして、話し相手でもあります。
いつでも相談できる話し相手のような存在
朝でも。
夜中でも。
思いついた時でも。
ChatGPTは、いつでも付き合ってくれます。
分からないことを聞けば答えてくれます。
文章に迷えば、一緒に考えてくれます。
人は忘れることがあります。
でもAIは、こちらが消さない限り、会話の流れを残してくれます。
会話を重ねるうちに、自分の考え方や書き方を整理する手助けをしてくれる存在になっていきました。
それは少し不思議で、少し心強い感覚です。
77歳になっても新しいことを知る喜びがありました
若い頃のように、すぐに覚えられるわけではありません。
昨日覚えたことを忘れることもあります。
それでも、
「なるほど」
「そういうことか」
と思える瞬間は、今でも嬉しいものです。
77歳になれば、新しい感動なんて少なくなると思っていました。
でも、そうではありませんでした。
まだ知らないことがある。
まだ面白いものがある。
それを知っただけでも、十分でした。
人生は最後まで勉強なのかもしれません
学校の勉強は終わりました。
仕事も第一線を退きました。
それでも、人生そのものは続いています。
知らないことを知る。
新しいものに触れる。
それだけで、毎日が少し楽しくなります。
77歳になった今、私はそう思っています。
今日も何か一つ新しいことを知ろうと思います
大きな夢があるわけではありません。
無理をするつもりもありません。
昨日より少しだけ前に進む。
それで十分です。
人生は長いようで短い。
短いようで長い。
だから今日も、何か一つ新しいことを知ろうと思います。
そして、もう少しだけ歩いてみようと思います。
まとめ|77歳になった今でも、新しい発見は続いています
77歳になれば、新しい感動なんて少なくなると思っていました。
でも、ChatGPTとの出会いは、そんな思いを少し変えてくれました。
AIは私にとって先生ではありません。
答えを教えてくれるだけの道具でもありません。
一緒に考え、一緒に悩み、ときには新しい気づきを与えてくれる「相棒」のような存在です。
人生は最後まで勉強。
そして、一人で学ぶより、誰かと一緒の方が楽しいものです。
これからも、AIとの付き合いの中で気づいたことや、ブログのこと、人生のことなどを、自分のペースで書いていこうと思います。
また何か新しい発見があったら、この場所でお話ししたいと思います。
よろしかったら、また覗きに来てください。
一緒に、昨日より少しだけ前へ進んでいきましょう。


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